映画・ドラマ

映画「東京オリンピック2020 SIDE:A」を見て改めて感じたこと

こんにちは、ヒロシDEATHです。

本記事はやや過激な表現も出ると思いますので、平和を愛する人は読まれないようお願いいたしますww

本日初日の、映画「東京オリンピック2020 SIDE:Aを見てきました。
SIDE:Aはアスリート視点、SIDE:Bは裏側視点とのこと。
私の感覚だと、オリンピックは多くの人に支えられてできているのはわかってると言いつつ、オリンピック=アスリートだと思ってるのでSIDE:Bがあるのは正直違和感でしかない。
開催が決まってからのドタバタから始め、周りにいる政治家や企業などオリンピックと関係ない人達にフォーカスされ続けていたから、多くの人はSIDE:Bしか興味ないからなんだろうけど。あえてそんなもの作る必要あるんだろーかという感想(まだ上映されていないからあくまでも想像の範囲ではあるけど)

事前のドタバタや開会式だけを見て、「東京オリンピックは失敗だ」という意味不明な発言をされる人をたくさん見てきた。まだオリンピック始まってないよって。
オリンピック前にオリンピックの失敗を言ってるようなもだし、全くもって意味不明。そーいう物事に対する解像度が上げられない民はスルーしたい。

東京オリンピックの嫌な思い出を語り始めると、きっと数十時間は行けちゃうので、一旦ここで止めておきます。

この映画を見て感じたのは、「今の日本(日本人)には、オリンピックみたいな物を受け止められる器や余裕がなかった」ということ。

この映画では、何人かのアスリートの東京オリンピックに望むドラマが描かれているけど、これは多くの日本人には理解できないものばかりだと感じた。
国を変えながらオリンピックに出続けているアスリート、赤ちゃんを帯同する権利を自ら勝ち取ったママさんアスリート、誹謗中傷を受けながら自らの意見を発信し続けるアスリートなど。
赤ちゃんが産まれて、オリンピックより赤ちゃんのことしか考えられず代表を離れてしまった日本女子バスケットボール選手。赤ちゃんをオリンピックに帯同することは基本的人権だと考え、交渉し赤ちゃんを東京オリンピックに帯同したカナダ女子バスケットボール選手。
日本の選手が言った、「ルールは守って当たり前なもの、交渉することすら思いつかなかった」というセリフを聞いて胸が少し苦しかった。
もし私も同じ立場だったとしたら。きっと私も日本人選手と同じ行動をとっていたと思う。
それはどっちが正解とかではなく、環境や考え方だけの違い。

あまり考えたくはないけど、今起きているロシアによるウクライナへの侵攻。
もし私がウクライナ人だとしたら、きっと自分の土地を差し出していると思う。命が何よりも大事だから。
でもかなりの割合(裏付けのデータは無し)のウクライナ人は、自分の土地を奪われるのは死と同じと考え、死を覚悟で戦うという人も多いと聞く。
それもどちらが正しいというものではないと思う、環境と考え方の違いだけだと思う。

ルールを当たり前に守ることを好む多くの日本人。自分の権利を勝ち取るための交渉は当たり前だと思っている他国のアスリート。
この考え方じゃ、とてもじゃないけど「お・も・て・な・し」なんてできない。お客さん(ゲスト)の気持ちをわからないのに、おもてなしなんてできるわけもない。。。。
また愚痴が始まったのでそろそろ終わります。

この映画をお薦めするのは、「純粋にスポーツエンタメが好きな人」だけかも。チケット持ってたけど、現場に行けなかった悔しさを少しだけ取り返したいって思ってる人だけかもです。
SIDE:Bは、オリンピックには興味ないけど、ドタバタにツッコミを入れる人におすすめできるかもです。(あくまでも私の想定)

最後にこの映画の点数は
6.0点(10点満点)

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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ヒロシDEATH
ミュージックキュレーター from八王子 エンタメ全般についても書きます。