考察ネタ

「100日後に死ぬワニ」が終わって感じた大きな希望について

こんにちは、ヒロシDEATHです。

「100日後に死ぬワニ」、がとうとう終わってしまいました。
私は、二日目ぐらい?から作者をフォローしてほぼ毎日リアルタイムで読んで、ワニくんや友達達に癒されていた人の一人なので、なんかすごく寂しいです。

多くの人がツイートしている最終話の解釈には大きく分けると二つあって、
①ワニくんがお花見に来る途中でひよこを助けるために命を落としたという説
②ワニくんはお花見の時には既に亡くなっていて、お花見はワニくんを偲んで行われたものという説

②だと、0日(死んだ日)とそれから1年後?の二つを描いていることになるので少し違和感もあるけど、この作者のことなので、単純な①というものではないと想像してる。
ネズミくんの行動や、友達のセリフ、ワニくんと思われるスマホの画面とかをみてるとやはり②の説がしっくりくる。
なので私は②の説だと思っているけど、こーいうものは、読んだ人が一番しっくりくる説だと思って楽しめば良いと思うので、これ以上は掘り下げないようにしとく。

さて、題名にある大きな希望について書いてみる。
私が感じた大きな希望とは以下の二つ。

①SNSの威力
・誰でも無料で使えるツイッターで漫画を公開し、話題になり数万人がわくわくしながら作品を楽しみ、最終日には数百万のいいねがついてる。
今は自由に個人で作品や発言を発信できるSNSがたくさんあるし、良いものであれば多くの人に共感され、まれに社会問題になるほどの熱狂を受けたりすることができてしまう。
SNSがなかった時代には、きっと才能あるアーティスト達のたくさんの良い作品が、世に出る前に埋もれてしまうケースが多かったんじゃ無いかなーと想像したりしてる。

決して今、全ての作品が正当な評価を受けれる時代になってるとまでいってしまうとさすがに言い過ぎだけど、その可能性は昔に比べ数百倍、数千倍(いやもっと大きいかも)だとも感じている。
逆に言うと、世に出ない理由を、才能が無いためだということを突きつけられてしまう残酷な世の中であるともいえなくも無い。

②アニメ(漫画)というコンテンツの強さ
・これが連続小説だったらあり得なかったと思う。アニメや漫画のコンテンツとしての強さを再確認させられた。
ますます盛んになるといわれている動画だけど、長期間わたって人間の感情に入りこむ、時にはその人の人格さえ変えてしまう可能性を持つと言う面では、アニメの方が格段優れていると思ってる。
なので、これからますますアニメクリエイター達の活躍の場は増えるのでは無いだろーかと予想してる。

私も、noteに記事を書きながらそれに漫画も添えることが有効だと感じているけど、中学高校共に、美術2という成績をくらった悲しい過去があるので、無理なことは最初からやらないようにしたいと思ってる。
あー、絵心がマジでほしい。。。

最後に、100日間楽しめたし、最終話の解釈パターンでも楽しめたし、きっと映画も見にいくし、良い作品に触れられてほんと良かったです。
また良い作品書いてほしいです。

ABOUT ME
ヒロシDEATH
日本のエンタメ系ブロガー。音楽やエンタメを楽しみまくるため日々書き綴ります。